プジョーの自転車200年の歴史とは?フランスにルーツを求めて

プジョーの自転車200年の歴史とは?フランスにルーツを求めて


プジョーと聞くと「刑事コロンボ」でのポンコツの愛車、プジョー・403カブリオレのイメージが強烈です。自転車との出会いは、アルマン・プジョーがイギリス留学したことから始まります。自転車への情熱はどうして生まれたのか、その歴史を探りましょう。

 

Peugeot(プジョー)自転車の歴史

上の画像は、1882年、アルマン・ブジョーがはじめて製造した自転車「LE FRANCAIS」です。イギリスではじめて目にした新しい乗り物「自転車」に、アルマンはすっかり魅せられます。帰国後、自転車造りに熱中しますが、2年後の1873年社長だった父が亡くなり、叔父とその息子が会社を継ぐことになります。この2人に自転車の製造を反対されますが、アルマンは粘り強く説得し、12年かけて製造するところまでこぎつけました。

1890年にプジョーが作った「クリッパー三輪車」です。「クリッパー」がフランスらしくない名前だと思ったら、イギリス人のクリップス氏が、スピード記録を出し、彼の名前が付けられたようです。レース用自転車だったのですね。1882年に、1889年にタンデム(2人乗り)自転車、翌年にクリッパー三輪車が開発されていますが、アルマン・プジョーは、並々ならぬ信念の持ち主でしたね。

15世紀からフランスに名を刻むプジョー家

15世紀のフランスの主な産業は農業でした。当時のプジョー家も家業は農業でしたが、どこの家系でもそうであったように、プジョー家も職人や軍人、職工なども輩出していました。また、地方の公職に就いたり、16世紀から17世紀にかけて、代々ヴァンドンクールの町長を務めていました。歴代、リーダーシップや発想力のある人が多かった家系のようですね。

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